プロへの「入口」はJリーグ、「出口」は選手会 タッグで支援する選手キャリア

2024.07.11
取材/ 小松春生
撮影/ 野口岳彦
左 公益社団法人 日本プロサッカーリーグ 松沢緑さん
右 一般社団法人/労働組合 日本プロサッカー選手会 佐藤将司さん

 プロアスリートにとって、セカンドキャリアは重要なものの一方、現役時代は競技に全身全霊を懸けるため、どのように道を定めていくかは難しいもの。

 その中で、団体として選手たちを支える立場にあるJリーグとJPFA(日本プロサッカー選手会)はどのように向き合っているのか。

 Jリーグで長年キャリアサポートに携わっているフットボール本部育成部の松沢緑さん、JPFA事務局次長の佐藤将司さんに、これまでの取り組みと、これからの選手のキャリア形成について聞いた。前編ではここまでの取り組みを中心に取り上げる。

―――現在の業務内容と選手のキャリア形成への向き合い方からお聞かせください。

佐藤 事務局には私を含めた4名が、Jリーグの選手の個別対応を担当しており、Jリーグ60クラブを支部と呼び、60支部を4人で担当割りして、15クラブずつの選手を担当しています。就学支援や様々なお金の補助制度の申請含め、選手のサポートをすることがメインとなります。私の場合は指導者ライセンス取得への講習会やトライアウトの運営統括もしています。

松沢 私は現在、各Jクラブが持つアカデミー組織と主に向き合い、特にアカデミー選手のキャリア教育や新人研修、プロになったばかりの若手選手の教育をメインに担当しています。2002年、Jリーグにキャリアサポートセンターができたことがきっかけで携わるようになり、組織が変わるなどしても選手教育という業務は変わらずにやってきました。選手会さんともずっと連携してきていますし、キャリア支援は情報共有をしながら進めています。

佐藤 選手を採用したいと言ってくださる企業さんからの問い合わせをJリーグさんが受けたとき、橋渡しを松沢さんにしていただくことも最近は多いですね。

―――選手のキャリア形成の必要性はJリーグが開幕してから時間の経過とともに重要度も高まっていったと思います。向き合うようになったきっかけはありますか?

松沢 まず、私からキャリアサポートとキャリア教育の歴史の部分をお話させていただきます。Jリーグ設立当初から、オーソドックスな新人研修はやっています。そして2002年、Jリーグの組織の中にキャリアサポートセンターができます。これは二つの柱でやっていて、一つは現役選手のキャリアデザイン支援、もう一つが引退選手のセカンドキャリアの支援でした。設立理由としては、選手会さんによる選手アンケートで、「不安に思うことはあるか」という質問に対して、約8割の選手が「引退後の生活」と回答したことを受け、当時のチェアマンだった川淵三郎さんの、「選手には現役時代、引退後を心配せず、選手生活を全うしてほしい」という思いを受け、立ち上がったと聞いています。

当時キャリアサポートセンターで制作した選手への案内冊子

 キャリアサポートセンターの設立時から、選手会さんと組み、選手の将来についてのバックアップをすることにしていました。現役選手のキャリアデザイン支援については、OBや別競技の選手に講話をしていただくなど、プロとしてどう過ごし、その先のキャリアについて知る機会を設けたり、学びの環境を整えました。当時はパソコンや英会話の講習をクラブでやったりもしていました。オフシーズンに現役選手のインターンシップもやっていましたね。

 引退選手に対しては、就職や就学先の開拓、キャリアサポートマガジンの配布、進路相談などをしていましたし、トライアウトも当時は選手会さんと共催していました。マガジンには選手OBの事例や求人情報などを掲載していました。

―――セカンドキャリア支援業務は2009年、選手会に移管しています。

松沢 元々キャリアサポートセンターの活動は、選手の移籍金の数%を原資として選手会さんと協力してやっていましたが、2009年に移籍金の制度が変わり、原資が減ってしまったことが理由の一つです。もう一つは、年を重ねるごとに選手の進路が多様化し、JFLや地域リーグ、海外など、Jリーグ以外で現役を続ける選手が増えたので、キャリアの出口は選手会さんにお任せしようということで、移管しました。それからはJリーグとしてキャリアの入口の部分に注力するようにしています。

 2010年からJクラブのジュニアユースやユースの選手教育をやるようになり、新人研修と合わせて、今度はクラブ担当者と協力しながら入口の部分となるキャリア教育を進めてきたのが、ここまでの歴史となります。2021年からは全てをオンライン化し、選手教育プラットフォームを作り、クラブ担当者が自由に選手教育の内容を選べるような動画配信などをしています。

―――Jリーグとしては「キャリア教育」「就学支援」「キャリア支援」「JPFA施策への援助」の4項目を大枠のテーマとしています。

松沢 そうですね。さらに各テーマ内でも細かく項目を設けていて、「キャリア教育」の部分についてご紹介させていただきます。まず「Jリーグ版よのなか科」です。これは13、14歳のジュニアユース選手向けに、大好きなサッカーを通して世の中を知るプログラムとなり、教材を各クラブに渡して、各クラブが選手たちに研修しています。その次が「プレ・プロフェッショナル研修」です。16歳のユース選手を対象にし、同じように教材を提供して各クラブが行っています。「新人研修」はJリーグの全新加入選手に向け、例えばリスクマネジメントに関することなど、選手が動画を見てレポートを書き、クラブ担当者が内容を確認するもので、私たちはそれを統括しています。任意講座を合わせて30講座ほどありますし、クラブが独自にシャレン活動やクラブ運営サポート体験のレポートをさせるようなことをやっています。最後に、新人に限らず、アカデミー選手からトップ選手まで、「選手教育オンライン講座」として、担当者が自由に使える講座も用意しています。基本的な講座内容は変わりませんが、例えばSNSとの向き合い方などタイムリーな話題を入れたり、講師やクラブ広報とも相談しながら進めています。

 「Jリーグ版よのなか科」や「プレ・プロフェッショナル研修」の進め方に関してはマニュアルがあるので、クラブの担当者がマニュアルを読み、プログラムを理解して進行します。ジュニアユース段階ではまず、クラブとお金の関係、理念、自分たちを取り巻くサッカーに関する職業、自分のキャリアについてのテーマを考えることで、社会に必要な資質や能力を育みます。ユースでは、プロサッカー選手を目指して日々過ごしている中、サッカーの技術やフィジカルだけでなく、社会性も重要な資質であり、そこも培っていかないとプロで活躍できないということを、実際のデータやOBの話、強化担当の話などを通じて理解し、現在の自分と目標とのギャップをどう埋めていくか考えるプログラムになっています。

―――Jリーグ選手協会は1996年に設立されました。

佐藤 Jリーグが開幕してから少し遅れたタイミングで、川淵さんが提唱され、それを受けて初代会長の柱谷哲二さんなどの諸先輩方が立ち上げました。キャリアサポートセンターについては松沢さんにご説明いただいた通り、選手のアンケート結果を拾った流れでJリーグさんに設立していただきましたが、設立当初から後々は選手会に移管するという話だったようです。移管当初は我々もマンパワーが限られていたこともあって、大きなパワーを割くことができなかったので、選手個々の要望に基づいて、希望を聞いたらそれに寄り添って対応することを続けてきました。

 選手会がそもそも何のためにあるかと言いますと、現在の会長である吉田麻也を中心に理事の選手たちと整理し直した「JPFAフィロソフィ」に基づき活動し、選手同士の助け合いをベースにして選手の環境を良くする、選手個々の人材の成長という場を作る、社会貢献を積極的に続けることで選手の立場から日本のフットボール界をもっと良くしていけるのではないか、ということでやっています。我々は一般社団と労働組合という二つの組織がありますが、どちらかというと一般社団側の取り組みとして、選手のキャリア支援をすることが前提になります。

―――年間での活動にはどういったものがありますか?

佐藤 クラブ訪問を年2回、各担当が支部を回って情報の伝達と会員選手との意見交換を行っています。重要事項はハンドブックなどを制作して読み聞かせもしています。最近ではエージェントについてのルールが変わったので注意点などを伝えました。加えて、意識の啓蒙部分では選手をいかに守るかを考えます。選手、人間としての価値を損なってしまう、損なわれるようなことをされてしまうこともあるので、Jリーグさんからも情報提供をいただきながら、意識すべきことを冊子に載せたり、口頭で伝えたりしています。

 セカンドキャリアでは指導者ライセンスがイメージとして掴みやすいものになります。ただ、ライセンス取得には時間と場所が必要なため、C級ライセンスをスタートとして、オフシーズンに合宿形式で実施しています。C級に関しては各クラブでも講師と受講人数が集まれば、練習後の時間を利用するなどして取得可能なので、徐々に取得者は増えてきていると思います。C級は大学でも取得できるのですが、必要な研修を受講しないと資格の維持ができなくなってしまうので、そういった選手に向けての情報提供もしています。その後、B級ライセンスまでは現役選手として活動しながら何とか取得できますが、A級ライセンスは1年間で前中後期の3回、各1週間程度が必要になるので、現役中に取得することは困難です。選手とは個別にやり取りしながら、各人に合わせたアドバイスや説明をしています。

 ただ、セカンドキャリアについては、あまり現役選手には意識させるような言い方はしないようにしています。というのも、あくまでもまずは現役のプロ選手なので、プレーに没頭している、プレーの質を上げたいと常に考えていることが前提なので、キャリアについて押し付けがましくならないような距離感で、キャリア情報はそばに置いておくような形をとっています。

 シーズンオフのトライアウトに関しては、Jクラブさんの協力をいただきつつ、私たちが主催しています。この5年でも毎年100人前後が参加し、8割から9割の出場選手がアマチュアを含めて新しいクラブでプレーを続けることができました。私たちもまずはプレーを続けてもらいたいと思っていますし、安心してプレーを続けてもらうために、選手から疑問を聞かれたら、それに対応できる引き出しを持っておく、僕らの繋がりの中でその答えを持っている人をあてがうなどでキャリア支援に反映させています。

―――資金的な補助もあるそうですね。

佐藤 Jリーグさんから支援金という形で原資を頂戴し、共済制度を準備しています。例えば小規模企業共済補助金です。この共済は個人事業主が入れるもので、自身の退職金を自分で積み立てるための制度です。サッカー選手の場合は引退時に貯めたお金を下す事ができ、現役中に積み立てていた分は全て所得控除され節税にも繋がります。当初は節税の意識を持ってもらうために案内をしていましたが、加入者に対しては支援金を原資として補助ができるようになったので新人の選手には併せて説明をしています。

 積み立てている選手に対してJリーグさん、JFAさんと選手会で、最初は1人当たり2万円ずつ、合計で6万円の補助ができるような形にし、その後Jリーグさんからも追加で1人当たり4万円を支援していただくようになり、上限10万円までの年間補助ができる状態となりました。選手会に5年在籍していれば、年間10万円以上を自分で積み立てていることを申告してくれれば、5年で50万円、10年であれば100万円を最終的に自己負担が無く積み立てできている状態ができます。この制度は拡充していきたいですし、新人の選手にも節税の話をしながら、一般論としてそういった観点を持ってもらいながら説明しています。

 就学支援も、習い事をした場合には学費の8割(上限20万円)をJリーグさんからの支援も交えて提供しています(※)。例えば指導者講習の参加費、将来的な海外移籍なども見据えての語学学習にも使えます。サッカー選手は平日の午前中に練習をして、午後に時間があることが特徴ですので、その時間を自己研鑽に費やしてもらいたいという思いもあります。現役引退やJリーグ以外のカテゴリーへの移籍に際しての、次の拠点へ移るための引越補助金制度、Jリーグさんや選手会からの功労金制度も整えています。
※J3会員は会費が異なり、援助の幅が変わる。

―――補助金の仕組みや節税など、お金に関することへの選手の理解はいかがですか?

佐藤 すごく濃淡があります。例えば税金に関しては税理士さんにお任せ、という選手もいるので、その場合はどうやって還付金が返ってきているのか、計算がどうなっているのかを深く知っている人は、それほど多くはないと思います。税理士さんというプロの方にお願いをしているので仕方がない部分とも思っています。この辺りは選手生活を長くやっているとわかってくるものとも思います。

後編はこちら

【プロフィール】
公益社団法人 日本プロサッカーリーグ
フットボール本部 育成部 松沢 緑
2002年からJリーグキャリアサポートセンターの業務に従事する。現在は、フットボール本部育成部にて、アカデミー選手からトップチームの若手選手に向けた選手教育やキャリアサポートを担当している。

一般社団法人/労働組合 日本プロサッカー選手会
事務局次長 佐藤 将司
2013年より一般社団法人/労働組合日本プロサッカー選手会にて、会員選手の個別サポートや事務局運営業務に従事。現在は選手向けの指導者ライセンス養成講習会の運営やJPFAトライアウトの運営統括を担当。2022年から事務局次長に就任。

1984年東京都生まれ。2012年よりWeb『サッカーキング』で編集者として勤務。2019年7月よりWeb『サッカーキング』編集長に就任。イギリスと⚽️サッカーと🎤音楽と🤼‍♂️プロレスが好き

撮影/野口岳彦

1983年大阪生まれ、千葉育ち。 大学卒業後、テーマパークのスナップカメラマン、都内の写真事務所勤務を経て、2011年からフリーランス。 2014年よりJリーグオフィシャル撮影も担当。使用機材はNikon。

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