スポーツ庁が進める「デュアルキャリア」を軸としたアスリートキャリア支援の必要性<前編>

2024.10.24
文/ 吉川哲彦
撮影/ 野口岳彦

 今でこそスポーツの世界でも「デュアルキャリア」というワードを目にする機会は増えたものの、古くから広く知れ渡っていたわけではなく、その概念すらも薄いものだった。文部科学省管轄のスポーツ庁では、アスリート支援の一環としてデュアルキャリアを推奨し、そのための施策を試行錯誤しながら構築している段階。

 このインタビュー前編は、そのキーマンであるスポーツ庁参事官(民間スポーツ担当)付スポーツ人材係長の重本大輔氏にキャリア教育の意義と現状を伺った。また、後編では重本氏と同じ部署に所属し、かつてラグビー選手としてトヨタ自動車ヴェルブリッツで活躍した川西智治氏に、アスリートだったからこそ気づかされたキャリアとの向き合い方を語っていただいている。

―――今回はスポーツ庁として取り組んでいるキャリア支援に関してお聞かせいただきたいのですが、具体的にどのような施策を行っていらっしゃるのですか?

重本 アスリートのセカンドキャリアについては、世の中からも注目が集まるところではあると思うのですが、まずは競技の国際競争力向上の一環としてキャリア支援策が大事になるというところから始まりました。引退後を含むキャリアをサポートすることで、安心して競技に取り組む環境を整えることが、競技力アップに繋がるという考えです。これは国の「スポーツ振興基本計画」に盛り込もうという話になったのが、平成13年度でした。

 平成21年頃には、「人」としての人生を“歩みながら”「競技者」としての人生を歩むという「デュアルキャリア」という考えを持つことが重要であるという考えが欧州を中心に広まり、日本でも「第一期スポーツ基本計画」で「デュアルキャリア」について初めて言及しています。その後、調査研究等進めていった結果、これは個々の企業や競技団体だけで取り組んでも難航するだろうということで、平成29年から「スポーツキャリアサポートコンソーシアム事業」を創設しました。

―――「スポーツキャリアサポートコンソーシアム事業」というのが、具体的にどういうものなのかをお話しいただけますか?

重本 コンソーシアムというのは、リーグや協会といった中央競技団体と民間企業などが手を組んで、一体的なデュアルキャリア形成を支援していこうという組織です。最初は13団体しか登録がなかったのですが、今では121団体(2024年10月10日時点)まで、順調に増加しているかなというところですね。

 課題を実感しているスポーツ団体が増え、それを支えようとする民間企業なども増えている中、団体によっては人材難などでその課題と向き合えないという現状も抱えつつ、一方で積極的な姿勢が見られる組織も少なくないということだ。

重本 中央競技団体が一番多くのアスリートを抱えていますが、一部を除いて人手が少なく運営や強化で手一杯となっていることで、キャリア支援にはあまりリソースを割くことができていないんです。今の日本は若者の人口がどんどん減っている中、中央競技団体も存続するためには選ばれる競技にならないといけないですし、選手を確保できないと競技力も低下するというスパイラルに陥ってしまいます。そこに気づき、積極的に取り組んでいる団体が増加してきている一方、まだまだそこまで注力できないという団体も少なくないのが現状です。

 ただ、一緒にやりたいと言ってくださる民間企業や学校は増えてきています。最近でいうと、高崎健康福祉大学高崎高校(健大高崎)さんはすごく積極的です。学校としても競技団体同様、少子化の中で選ばれる学校にならないといけないというのがありますし、そこで貢献できるのではないかというお考えのもと、コンソーシアムに入ってくださっています。

 いかに若い時からデュアルキャリアの考えを持てるかというのが非常に重要になってくる中、健大高崎さんはデュアルキャリアの研修を定期的に実施してほしいとのことから、我々としてもいろいろ協力しているところです。

―――学生に対するデュアルキャリア研修はどういうことをしているのですか?

重本 アスリートとしてのキャリアと、人としてのキャリアを別個のものとして考えているアスリートが非常に多いので、競技をやりながら人としてどうありたいのか、人としての成長点とアスリートとしての成長点を両輪で考えていってほしいというところを強調しています。それを考えないと競技一辺倒になってしまいますし、視野が狭くなって、いざ社会に出た時に「何もできない」と不安になってしまうわけです。

 ただ、実際には何もできないわけではないんです。多くの能力を持っているにもかかわらず、その活かし方がわからない状況で、突然社会に出てしまう。アスリートとしての終わりを迎えた時になってから考えるのでは遅く、若いうちから考えておいたほうが、いろんな選択肢を持つことができるということなんです。

 そもそも、なぜ国がアスリートにだけそういう支援をするのかという疑問はあると思いますが、これはただスポーツ基本計画に載っているからということではありません。国民の皆様に納めていただいている税金の一部をスポーツのために使わせていただいて、それを享受して今のアスリートがある。その彼らが培った能力をキャリアを重ねる中で社会に還元してもらおうという考えがあるんです。

 スポーツ庁では「アスリートキャリアチャレンジ」という取り組みを毎年実施し、有識者の知見、実体験を多くのアスリートやスポーツ関係者と共有する場を設けている。それもまた常により良い形を模索しながら、単なるキャリア形成にとどまらず、アスリートの競技力向上にも結びつくということを訴えているところだ。

重本 アスリートキャリアチャレンジというのは、我々の事業の中で生まれる好事例を横展開するカンファレンスです。昨年度はアスリートを取り巻く環境にフォーカスして、中央競技団体の方にお話ししていただきました。例えばボブスレー協会のような競技人口が多くはない団体は、競技人口をいかに増やすか、そのためにはキャリアサポートを手厚くし、不安を取り除く、結果安心して競技に打ち込める、またその様子を見て新たに競技者が増えていく、そんな取組み内容をお話ししていただきました。

 セカンドキャリアについてしっかり考えていることが団体としての優位性になると同時に、安心感がある中でプレーすることで競技力も必ず上がる。海外のプロチームにはキャリアコーチという方もいて、それで選手のパフォーマンスも上がっていくというのが常識になっています。そこで我々も「アスリートキャリアコーディネーター」というキャリア支援を行う人材の養成をしています。その資格を取って、今実際にアスリートのキャリアサポートをしている方もカンファレンスに招いてお話しいただきました。

後編はこちら

【重本大輔プロフィール】
1983年生まれ兵庫県芦屋市出身
阪神大震災に被災し大阪に移住。大学で青森県弘前市へ。
スポーツ三昧の4年間を過ごす。
スポーツで人を幸せにしたいという思いから、2006年新卒でセントラルスポーツ株式会社に入社。
レセプション職、インストラクター職、店長職、温泉部門、店舗開発部等を経て2023年4月より現職(官民交流で出向中)

【川西智治プロフィール】
1987年生まれ千葉県松戸市出身
高校からラグビーを始め、大学に進学。
2010年にトヨタ自動車ヴェルブリッツに入団
2021年までの11年間を現役選手としてプレーし、そのまま社業専念。
2024年9月より現職(官民交流で出向中)

2000年より、バスケットボール専門で取材活動中。

撮影/野口岳彦

1983年大阪生まれ、千葉育ち。 大学卒業後、テーマパークのスナップカメラマン、都内の写真事務所勤務を経て、2011年からフリーランス。 2014年よりJリーグオフィシャル撮影も担当。使用機材はNikon。

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