サッカー・清水慶記さん|クラブスポンサーも巻き込んだネクストキャリアのスタート<後編>

2024.08.02
取材/ 大島和人
撮影/ 須田康暉

ザスパクサツ群馬には、サポーターが選手のキャッチコピーをつけるユニークな文化がある。2016年に群馬へ加入した清水慶記は「けいき」の名に因んだ「ゲームパティシエ」という二つ名と出会う。チョコレート作りを趣味にしていた彼は、セカンドキャリアでこの趣味を本業として選択した。

清水は2023シーズン限りで引退すると「株式会社JOY NOTE」を起業し、製菓の仕事に本気で取り組んでいる。もっとも16シーズンに渡ってサッカーのプロとして活動した彼が、いきなり「お菓子のプロ」として活躍できたわけではない。クラブとスポンサー企業の支援、アドバイスといった後押しがあったからこそ、清水はセカンドキャリアのスタートを切れている。一方でそれは清水の人間性、思い切った行動があったからこそ引き出された善意だ。

インタビュー後編では清水がどのようにキャリアの終盤を迎え、セカンドキャリアのスタートを切ったか。そして「リアルパティシエ」としての活動を通して何を目指しているかについて聞いている。

インタビュー前編はこちら

―――2016年に「ゲームパティシエ」のキャッチコピーを授かった清水選手ですが、実際のお菓子作りに乗り出したのはどういう経緯ですか?

清水 2020年にザスパへ戻ってきたときは、最初にコロナがありました。ただコロナが22年にはほぼ収まっていました。地元のザスパから必要とされなくなったら引退する決意も固めていて、「次の職業をどうしよう」という気持ちが高まっていました。

そこでたどり着いたのが「今と変わらず、セカンドキャリアも好きなことをやりたい」という思いです。2022シーズンが始まる前に「セカンドキャリアも考えて、チョコレートを出してみたい」という話をクラブにしました。そこでOKが出て、クラブから後押しをしてもらえたことがまずラッキーでした。

最後の2シーズンはほぼ試合に絡めない状況もあったので、自分でチョコを作って、試合前のVIPルームで「こういうチョコをやりたいです」と配り回っていました。そうしたら、カインズさんが興味を持ってくださったんです。

―――クラブのメインスポンサーで、ホームセンターを運営している企業です。

清水 カインズさんの店舗には「CAFE BRICCO」というカフェスペースがあって、マフィンを販売しています。そのプロデュースに入ってみない?と提案をいただきました。23年の春頃から本社に何回かお邪魔して、ノウハウを学ばせてもらいつつ、新製品作りに関わりました。

僕からは「このチョコを使いたい」「生地にクリームチーズを入れたい」というような提案をしました。「飴を使ったら溶けてしまう」「クリームチーズが熱で下に落ちてしまう」といったフィードバックを受けて、商品を作り上げました。

23年11月から1つ目のマフィンを販売しました。直後に引退が決まってしまったのですが、バレンタインデーの翌年2月に2つ目を出して。で、ホワイトデーの3月に3つ目を出しました。

―――手元に3つのマフィンがありますが、それぞれ紹介をしてもらっていいですか?

清水 まず、どれも中にクリームチーズが入っています。1つ目はラズベリーのチョコをコーティングして、ピスタチオと、チャンクチョコが乗せたものです。
2つ目がバレンタインのチョコレートマフィンです。ちょっとビターなチョコをコーティングして、ピスタチオとマシュマロが乗っています。
3つ目はホワイトデー用のマフィンで、ホワイトチョコをコーティングして、キャンディと苺のチョコレートを散らしています。

3つのマフィンはライター、カメラマン、編集者が美味しくいただきました

―――プロとの協業から何を学びましたか?

清水 大きな企業が商品をどのくらいのスパンで、どのくらいミーティングを重ねて作るのか、自分はまったく知りませんでした。チョコレートも牛乳も色んな種類があるわけですが、まずそこから勉強させてもらいました。

こちらからは商品以外にセカンドキャリアの難しさや、「アスリートはこう悩んでいる」といった話もしました。カインズさんはそれをしっかり聞いてくださって、セカンドキャリア支援という意味でも、僕がやりたい事業を応援してくださることになりました。

―――「セカンドキャリア形成」への支援があったわけですね。

清水 引退してスポンサー企業に就職した例はあったと思いますが、選手の事業をスポンサーが応援した事例はほとんどないでしょう。だから自分はすごく環境に恵まれています。

―――2023シーズンで引退を決めました。

清水 2023年の終盤に「ゼロ提示」を受けて、その瞬間に引退を決めました。2023年のうちに起業しようと思っていて、その前から動き始めていました。

今は他にキッチンカーもやっています。ザスパーク(ザスパクサツ群馬の新しい練習施設)のネーミングライツを獲得されたジーシーシーという前橋の会社があって、一緒にキッチンカーを出店しています。中にはいって調理や接客もしています。

―――独自ブランドのチョコレートも販売されています。

清水 「よろこびをしるす。」というブランドです。ゲームパティシエと同じように名前の「慶記」に因んでいて、そのまま送り仮名を入れて読みました。人生において「慶びをいくつも記してほしいな」という想いから付けていただいた名前です。

ブランドのコンセプトでもありますけれど、「よろこび」は欲求であり価値で、それを味わいたいからこそ他の感情も生まれると考えています。食で1個の「よろこび」を感じられる。そういう商品にしたいという想いが名前の由来です。

チョコレートを贈答品で使ってもらいたいと思っています。商談のとき、久しぶりの人と再会するときに「よろこび」の気持ちを込めて、このチョコレートをお渡しして欲しいですね。僕のセカンドキャリアのストーリー性だったり、それぞれの「よろこび」だったり、チョコレートを何か話を広げる手がかりに使ってもらえたら嬉しいです。

よろこびをしるす。のチョコレート [写真]=清水慶記さん提供

―――慶記だから社名も「JOY NOTE」なんですね。

清水 はい。それも「よろこびをしるす。」から来ています。

―――社員の方はいるんですか?

清水 まだひとりでやっていますし、今は店もありません。一般に販売するお菓子は製造に「菓子製造許可証」が必要です。だから今はパティシエさんと契約をして、自分のレシピを再現して作ってもらっています。

―――他にもザスパのアンバサダーとアカデミーコーチも務めています。かなり多忙な生活だと思います。

清水 実は会社の定款に「電気工事」も入れています。義理の父が電気工事の会社をしていて、そこの手伝いもしています。週3くらい電気工事やって、アカデミーは午後に週2で出ます。アンバサダーは月2、3回の稼働で、大体が土日のイベントです。選手が出られないときなどに、クラブ側からオファーをもらったときに参加します。空いた時間にチョコレートの営業をしています。

―――セカンドキャリアの目標を教えてください。

清水 一番の目標はこの事業1本で、ご飯が食べられるようになることです。長期的な目標は従業員を雇える規模に広げることです。Jリーガーに限らず元アスリートがセカンドキャリアに踏み出す、社会人としてのノウハウを学べる環境をこの会社で作りたいですね。僕がロールモデルみたいなものになって、選手がスムーズにセカンドキャリアに移行できる形を見せたいです。

サッカー選手が異業種の方と関わる機会は少ないし、サッカー以外で「これに興味がある」「これは得意かも」と思うチャンスもなかなかありません。なのでそういう機会や、私のようなチャレンジ、そして企業からのご支援が増えればいいと願っています。

―――セカンドキャリアに戸惑うJリーガーへのアドバイスはありますか?

清水 心で思っていても、「手伝おう」という気持ちを持っている方がいても、口に出さないと動いてもらえません。

もちろんサッカーを頑張ってからのセカンドキャリアです。僕もサッカーを突き詰めて、真摯に取り組んだから、今の自分があると思っています。だからこそ、手伝ってくれる方が、多くいる環境になりました。

一方でサッカーに取り組みながら、色んなものに興味を持ち、アンテナを張ることも必要です。皆さんが他のピッチに「足を踏み入れる勇気」も持ちながら、サッカーを頑張ってほしいなと願っています。

【清水慶記プロフィール】
ザスパ群馬 クラブアンバサダー
株式会社JOYNOTE代表
群馬県前橋市出身

前橋商業高校から流通経済大学を経て、2008年に大宮アルディージャへ加入。その後、ザスパクサツ群馬(現ザスパ群馬)、ブラウブリッツ秋田を経て、2023年にザスパクサツ群馬で現役を引退。その後、株式会社JOYNOTEを起業し自身のオリジナルチョコレートブランドを立ち上げる。同時に引退後、同クラブのクラブアンバサダーに就任し、現在はアカデミーのGKコーチも兼ねて活動している。

やや守備範囲が広めのスポーツライター。時にはスポーツ界の「ファウルグラウンド」まで取材のグラブを伸ばすことも。 サッカーキング、バスケットボールキング、ベースボールキングに続いて、ついにバレーボールキングへの進出も果たした。

1991年生まれ、宮城県出身。 小学生の時にマンチェスター・ユナイテッドを心のクラブに選定。取材で、マン・C/アーセナル/チェルシーなどに携わることができたが、未だにマンチェスター・ユナイテッドからの話は無い。

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