サッカー・數馬正浩さん|必要としてもらえるように 元Jリーガーが語るバス会社での12年<後編>

2024.08.16
取材/ 上岡真里江
撮影/ 原⽥健太

 名門・横浜F・マリノスのアカデミーで育ち、高校卒業とともにトップチーム(横浜F・マリノス)に昇格し、ルーキーながら開幕2戦目から先発出場を果たしたプロサッカー選手時代から一変、京王バス南株式会社(現京王バス株式会社)に入社し、バス運転士や運行管理業務を担う立場へと転身した數馬正浩(かずま まさひろ)氏。“Jリーガー”という華やかな舞台を離れてみて初めて感じた後悔、大手企業に入社したことで得られた“安定”への感謝など、波乱万丈の人生について語ってもらった。

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―――今の仕事が「自分に合っているな」とか「向いている仕事だな」と感じることはありますか?

數馬 どの業界でも、合ってる、合ってないというのはあるとは思いますが、バス運転士という仕事は、すぐに辞めてしまう人も少なくないんです。たぶん、皆様が思っているより、職業での“運転”というのは楽な仕事ではないです。ただ運転しているだけに見えるかもしれませんが、バス運転士があの大きなバスの中で見なければいけないことは本当にたくさんあって、前だけを見ていればいいかといえば決してそうではなく、当然、横も後ろも全部見なければいけないですし、お客さまに異常がないか、車内の状況も見なければいけない。本当に、実際にやってみなければこの気苦労、疲労感はわからないというのが正直なところです。なので、運転士は業務を終えて営業所に帰ってくる頃にはクタクタになっています。自分も運転士時代は毎日そうでした(笑)本当にものすごく気を使う仕事だと思います。

 その中で、向いてるかどうかと言われれば、自分には向いていたなとは思います。運転の才能そのものは自分ではそこまでないとは思いますが、サッカーでの後悔から学び、努力をするようになったからです。例えば、『空港連絡バス』といって、南大沢から羽田空港までの路線バスは、運転士の中でもある程度年数が経たないと担当できない系統だったりするのですが、その路線を任されたときには、下準備はものすごくしました。そうした、サッカー選手時代にしなかった努力を、今はやっています。

―――そこまで言うほど、サッカー選手時代には努力はしなかったのですか?(笑)

數馬 してなかったんですよね。毎日練習が終わったらすぐに帰っていましたから。あの時、もっと練習して、もっとストイックに自分を追い込めていれば、もしかしたら、あと2、3年ベガルタ仙台でプレーできていたかもしれないですし、他のクラブに獲ってもらえたかもしれないというのは、今になって思いますよね。もっとやっておけばよかったと、ものすごく後悔はあります。

―――当時、チームメイトには練習量の多さでも有名だった日本代表の中村俊輔選手などもいらっしゃいました。その姿を見て見習うべきだとも思わなかったのですか?

數馬 高卒ですぐに試合に出られてしまったこともあって、自分のことだけで必死で、周りにいる人がどれだけすごいかとか、誰を見習うべきかとか、そういうことはまったく考える余裕がなかったですね。それでもまだ、横浜F・マリノス時代は、僕は川口能活さんと一緒にトレーニングをさせていただいていました。能活さんもものすごくストイックな方で、今思うと、その時が一番練習をやっていたかもしれないですね。

―――今の会社に就職を決めた理由の大きな一つが、「安定した生活」だとおっしゃっていました。“安定”を手に入れたことで変わったことはありましたか?

數馬 『落ち着き』ですかね。正直、京王に入る前も、仕事をしていない期間もあったので、まず、毎日仕事があるということにものすごく感謝しています。安心して毎日出勤ができて、毎月しっかりと生活ができるお金がもらえるという環境は、僕にとってはとても大きなものです。おかげで今、いろいろな意味で落ち着いて仕事もできていますし、家庭の中での役割も落ち着いてできていると思うので、すごくプラスだったなと思います。

―――今の仕事のやりがいとは?

數馬 運行管理というのは、安全にバスが運行できるように管理する重要な業務で、例えばバスがものすごく遅れた場合には替えのバスを確保して現場に派遣するなど、運行をスムーズにするための業務です。実は、入社した時から密かに目指していたポストでした。その役割を担うことができて嬉しいですし、業務的に言えば、特に一日何もトラブルがなければいいというのが今のやりがいです。僕が活躍する場がなければ、ある程度(順調に)回っているっていうことになるので、出番がないのが一番という感じです。

また、運行管理者になるには資格が必要※なんです。(※現在は補助者として勤務)まずはそれを取得することと、そして、その後さらにステップアップするために、また違う資格をいろいろ取得すること、今はそれをやりがいとして、1個ずつステップアップしていこうと思っています。

―――さきほど、サッカー人生に「後悔している」とおっしゃっていました。セカンドキャリアを考え始めているアスリートの方へのアドバイスや伝えたいことはありますか?

數馬 そんな偉そうなことは言えませんが、まずは、本当に今を大事にしてくださいと伝えたいですね。もっと努力できることはあると思うので、とことん突き詰めてやっていただいた方が絶対にいいと思います。遊ぶことって、引退したあとでもいつでもできると思うので。私は、鳴り物入りでプロの世界に入って、ある程度試合にも出て、そこそこやれていた自分に慢心してしまいました。でも、みなさんには、甘えを捨てて、私みたいな後悔をしないように、とことん突き詰めて、自分を高めてもらえればなと思います。

 そして、社会に出てからは、何事にもチャレンジしてみてください。自分に合っているか、合っていないかは、チャレンジしないとわからないですし、やってみて「自分に向いてるな」「向いてないな」というのもあると思いますが、サッカーやスポーツと違って、仕事はすぐに結果は出ません。いろいろな経験を積み重ねて、やっと信頼や本当の意味での評価をしてもらえるものだと思います。

―――結果として、いま、こうして胸を張れる職業・職場と出会えて幸せなのでは?

數馬 はい。本当にいま、ものすごく充実しています。身近には、心から慕っている所長や管理職、先輩がいますし、この仕事を変えるということもまったくも考えていません。この会社は、頑張れば頑張っただけステップアップできるので、いつか、「あいつにあの営業所を任せたら大丈夫だよ」と言ってもらえるぐらいまで、運行管理で頑張りたいなと思っています。これからも、『必要とされるように努力する』という自分の信念を曲げずにやっていきます!

【數馬正浩プロフィール】
1982年生まれ 神奈川県出身
横浜F・マリノスのアカデミーからトップチームに昇格し、ルーキーながら開幕2戦目から先発出場を果たしたセンターバック。その後ベガルタ仙台、JAPANサッカーカレッジを経て現役を引退。いくつものアルバイトなど職を変えながら、2013年に京王バス南株式会社(現京王バス株式会社)に入社。運転士として勤務した後、現在は運行管理の業務を担っている。

大阪生まれ東京育ち。 大東文化大学外国語学部中国語学科卒業。スポーツ紙のサッカーデータ入力アルバイト、スポーツ総合誌編集アシスタントを経てフリーライターへ。Jリーグ横浜F・マリノス、ジュビロ磐田の公式ライターとして活動したのち、2007年より東京ヴェルディに密着中。2011年からはプロ野球・埼玉西武ライオンズでも密着取材し、公式媒体や『週刊ベースボール』に寄稿中。

撮影/原⽥健太

1990年 埼⽟県出⾝。 専⾨学校を卒業後、スポーツフォトエージェンシーに所属しJリーグの撮影を中⼼にキャリアをスタートさせる。2021年に独⽴しフリーランスとしての活動を開始。 現在は、サッカーを中⼼に陸上競技や野球など、様々なスポーツを撮影している。

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