バスケットボール・伊藤奈月さん|アスリートだったからこそ、ネクストキャリアも充実の日々<後編>

2024.10.03
取材/ 吉川哲彦
撮影/ 戸張亮平

 バスケットボール選手のキャリアにピリオドを打った伊藤奈月さんは、スポーツブランド・アンダーアーマーを日本総代理店として展開している株式会社ドームに入社し、ネクストキャリアの第一歩を踏み出した。結婚し、2人の子宝に恵まれながらキャリア11年目に入った現在は、会社がネーミングライツを獲得した菅平高原(長野県上田市)の運動施設に関わる大きなプロジェクトを担当している。多忙な日々を送る中、時折観戦に訪れるバスケットの試合を我が子が楽しんでいる姿も含めて、引退後の人生の充実度は非常に高いと笑顔を見せる。

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入社当初は何もできなかった

競技のために様々な犠牲を払ってきたアスリートにとっては、次のステップに進むこともそう簡単ではない。伊藤さんは、競技を通じて縁のあった業界に活路を見出し、改めて社会人としてのスタートを切った。

―――引退の際は、何か具体的に考えていた道筋はあったんですか?

伊藤 日立ハイテクで所属していたのが半導体の部署だったんですけど、『そもそも半導体って何?』というレベルだったので(笑)、迷惑をかけると思って会社に残ることは考えませんでした。

 高校の時にサポートしていただいたスポーツメーカーの担当の方が印象的な方で、その方のおかげでプレーできたという経験があったのと、大学に入ると今度はドームのチーム営業の方のサポートがあって、その方も好印象で製品も良かったので、ここに入って社会に揉まれたいと思ったんです。ドームに入れなかったら教員になろうと思ってましたね。

―――その会社に入ることができて、でも当初はやはり苦労されたこともありましたか?

伊藤 全部です(笑)。電話も取れないし、名刺の受け取り方も渡し方もわからない。本当にそこからでした。ただ、私はWリーグの最後のシーズンが2月に終わって、3月に内定をいただいてから2週間と短い期間で準備してもらい、4月に入社。新卒の人たちと一緒にオリエンテーションを受けることができました。Wリーグにいた頃は昼寝の時間があったんですけど、それがないので眠くなったりと、生活に慣れるのが大変でした(笑)。

バスケットの経験はいろんな面で生かされた

 アスリートの活動と、一般社会で働くことはイコールにならないと考えられがちだが、伊藤さんはバスケットで培われたものが今の仕事でも役に立っていることを実感。バスケットが自身の基礎を作ってくれたということに、確信を持っている。

―――最初はどういうお仕事をされたんですか?

伊藤 今はもうないんですけど、女性の市場を開拓するウーマン事業部という部署があって、女性しかいない中でスポーツマーケティングの仕事をしました。ちょうど私が入社した年が、アンダーアーマーがバスケットに参入したタイミングだったんですよ。私が最初に担当したのも、Wリーグの三菱電機コアラーズでした。

―――バスケットをやってきて、仕事に生かされていることはありますか?

伊藤 昨年9月に2人目を出産して今年5月に職場復帰したんですけど、その前はWリーグや高校のチームなどのサポートの仕事をしていて、そこではバスケットでのつながりを生かした仕事ができました。今担当している菅平のプロジェクトでも、バスケットで身につけた体力や礼儀といったことが生きてますし、子供が2人いる中で、朝5時に起きて菅平に行き、夜10時前に帰ってくるというスケジュールで動くこともあったため、確かにキツいことはあるんですけど、それより『楽しい』という気持ちのほうが強い。そう思えるのもバスケットで鍛えたからだと思います。引退して10年経っても仕事を辞めずにいるのはバスケットのおかげですし、仕事の内容も含めて今が一番楽しいです。

―――今は直接的には関わっていないということですが、引退後もバスケットと接点があるのは嬉しいことですね。

伊藤 一線を退いて、少し違った視点で携われているのが良いのかなと思います。この会社は出身の競技だけ担当していれば良いわけではないので、例えばラグビーはSNSの使い方が良いとか、バレーボールのあのグッズが面白いとか、そういった新しい発見をバスケットのほうにも提案したりできるんです。新しいグッズの提案をすると必ず『検討します』と言ってくれるチームもいたり、こちらの提案を『ありがたい』と言っていただけるのも嬉しいです。

―――日本のバスケット界も大きく様変わりしましたが、どう見ていらっしゃいますか?

伊藤 やっぱり出身者としては、今こうして注目されているのはすごく嬉しいです。今後は少子化で運動する人も減ると思うんですけど、バスケットは楽しい競技ですし、ドームの仕事を通じて盛り上げていければと思います。スポーツにはいろんなことができる力があるので。

現役のうちから、次のキャリアの準備を

 良いキャリアを歩んでいるという自負を持つ伊藤さんは、自身と同じような道を進んできた後進にも、豊かな人生を送ってほしいと考えている。表に出ることの少ない立場であっても、自身の経験を伝えたい想いは強く、女性アスリートが当たり前に社会に寄与する世の中になることを心から望む。

―――次のキャリアをどうするかと悩んでいるアスリートも多いと思います。その人たちに向けて、アドバイスをいただけますか。

伊藤 ある程度の選択肢を現役の時から持っておく必要はあるかなと思います。そのために資格が必要だったら勉強しておくとか、情報を収集するだけでも違うと思います。特に何も考えないまま引退してしまう人も多くて、それはもったいないですよね。それにしても、ドームは元アスリートが多くて、当然スポーツ好きというのが共通点なので雰囲気も良いんですけど、個人的には周りにすごく努力してきた人が多くて、私も『みんな来てよ、一緒にやろうよ』と思ってるのに、全然うちの会社を受けてくれないんですよ(笑)。

 選手として努力してきた強みってそのまま世の中でも必ず強みになるので、次のビジョンを考えられるようにしたいですよね。もしかしたら高校や大学の先生方も、バスケットを辞めた後の話を選手にもっとできたら、選手寿命が長くなったり、選択肢が増えたりするかもしれない。これは、今回取材を受けるにあたって、すごく言いたかったんです。

―――ご自身の経験を世間に伝えたい想いは伊藤さんにもあるのではないですか?

伊藤 私は個人のSNSもやってないですし、発信が苦手なんですよね。でも、内に秘めたその気持ちはあるので、今回のような機会をいただけるのはありがたいです。Wリーグの選手から『将来が見えない』とSOSが来ることもあるんですよ。アメリカは女性の会社役員に大学スポーツ経験者の割合が高いというデータを見たことがあるんですけど、日本ではまだまだ女性役員や管理職自体も少ないと思うので、みんな頑張ろうよって思いますし、私の話が少しでも参考になればいいなと思いますね。

【伊藤奈月プロフィール】
株式会社ドーム チームセールス部
小学校4年生でバスケットボールを始め、強豪・東京成徳大中、昭和学院高へ進学。筑波大学では関東女子学生リーグ制覇に貢献。卒業後に所属したWリーグ・日立ハイテククーガーズでは4年間プレーし、2013年に現役を引退した。現在は引退後すぐに入社した株式会社ドームにて、会社がネーミングライツを獲得したプロジェクトである、アンダーアーマー菅平サニアパーク・アリーナの事業に携わっている。

取材/吉川哲彦

2000年より、バスケットボール専門で取材活動中。

撮影/戸張亮平

1980年生まれ、千葉県出身。 現在、都内の結婚式場での撮影や家族撮影などで活動中の株式会社unison所属のフリーカメラマン。幼少期は父の影響で野球をやっていた為、シーズン中はほぼ毎日野球を見ている。趣味はスポーツ観戦、ラジオ、お笑い。 現在は、サッカーを中心に陸上競技や野球など、様々なスポーツを撮影している。

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