チアダンス・鬼原美優さん|経験を重ねたからこそ「人生で踊る」 小さな努力と頑張りが誰かの明日を照らす力に

2025.01.23
取材/ 田中夕子
撮影/ 野口岳彦

 チアダンスと出会い約20年。現在も仕事と競技を両立し「ベアーズレイ」のキャプテンを務める鬼原美優さん。日々の仕事では総監督であり経営者でもある髙橋ゆきさんを秘書として支え、「人生の師匠」と言う鬼原さんだが、実は一昨年、競技人生が危ぶまれるほどの大怪我を負った。

 苦しく、先が見えないリハビリ期間も「大丈夫」と信じ続けてくれた髙橋さんの存在と、人生の夢に向け、再び立ち上がる姿を見せた鬼原さんがチームに与えた影響。後編では苦しさも力に変え、ALL JAPAN CHEER DANCE CHAMPIONSHIP決勝大会で優勝を果たすまでの軌跡を語っていただいた。

前編はこちら

アキレス腱断裂の大けが
「苦しい経験が考え方を変えてくれた」

――仕事でキャリアアップを目指し、競技でトップを目指す。ベアーズレイだからこそ経験できたことの中で鬼原さんにとって最も大きな出来事はありましたか?

鬼原 学生時代と違い、「人生で踊る」と思うようになったきっかけを得たのも、ベアーズレイにいるからです。実は一昨年(2023年)に左アキレス腱断裂という大けがをしてしまって、手術、リハビリでとても苦しい時期がありました。でも、そのケガがきっかけで人生いつ何が起こるかわからないのだから、一日一日を大事に全力でやることの大切さ。どんなにつらくても継続することが結果につながる、ということも知りました。アスリートにとってケガは決していいことではないのですが、そこから学ぶことも多く、今は「あの経験があったからよかった」と思えるきっかけになりました。

――苦しい経験を「よかった」と言える人はなかなかいません。鬼原さんがそう思えるようになった理由は?

鬼原 思い出すと今でも涙が出てくるのですが、ターンで軸足となる左足のケガで、手術後のリハビリを始めても最初は立つことすらできない。ものすごくショックで、復帰することを想像できずにいました。私はずっと落ち込んでいたのですが、総監督を始め、コーチ、トレーナー、チームメイトが誰一人、私の復帰を諦めていなかった。何より私自身も諦めたくなかったですし、「大丈夫」と言ってくれることが本当に支えでした。病院で出会った方々にも「新しい自分を信じて!」とお手紙をいただいて、また新しく競技を始める気持ちで取り組むことができたのも大きかったですね。何より、ケガをして踊ることができないにもかかわらず、キャプテンのままで居続けさせていただけたことも私にとっては本当にありがたいことでした。

[写真]=ご本人提供 病院で出会った方からのお手紙

髙橋 彼女は自分自身の心の根っこの力で、予定よりも2ヶ月はやく完治しました。私も鬼原を信じていましたし、周りのコーチ陣も信じていた。そして彼女も諦めない姿をチームメイトに見せてくれた。数え切れないほどの葛藤もあっただろう中、まさに「毎日全力」というのは彼女のためにある、と思えるほどすべての力を出し切って復帰し、大会で優勝した。ケガをして踊れない時期にキャプテンであり続けるのは苦しかったかもしれないですが、私はネガティブではなくポジティブな未来を話していこう、と彼女の心の根っこを信じて、「大丈夫」と言い続けてきました。

悩み、迷ったらあえて飛び込め
「デュアルキャリアは成長につながる」

――諦めない力は競技だけでなく、仕事にもつながり、相乗効果が得られる

鬼原 二軸があることの強みは間違いなくあります。私自身は仕事でも副社長、総監督と接することが多いので、総監督の言葉からは日々学ぶことだらけで、競技の世界でも仕事をするうえでも大切にしたいと思うことばかりです。私は人生の師匠だと思っています。

左=鬼原美優さん/右=髙橋ゆきさん

髙橋 私は目に星が入っているという表現をするのですが、譲れない何かを持っている人の目は輝いています。だから自分で心の根っこを曲げたり、折れそうになっていたり、折ろうとしている社員には厳しく指導します。それが、私のこだわりですから。昨日もベアーズレイの選手に「ジブンを悩ませるのも、困らせるのも、悲しく思わせるのも自分自身。それは結局自分が迷いたいだけでもったいないよ」と話しをしました。実は一昨年、銅メダルを獲得した世界大会でも踊りの途中に突然曲が止まるアクシデントがあったのですが、その状況でも彼女たちは自分たちを信じて無音のまま踊り続けた。まさにベアーズレイの選手らしい実力を発揮してくれた場面でした。

鬼原 実業団チームとしてアメリカまで来ているのに、音が出ないからといって演技をストップさせる理由なんてありません。全員が諦めていませんでした。

――これから競技を続けるうえでキャリアに悩む人たちは多くいます。鬼原さんのご経験からアドバイスや伝えたいメッセージがあればぜひお願いいたします。

鬼原 私は悩んだり迷ったりしたら、自分のやりたいほうをやる。今までもずっとそう生きてきました。競技人生は限られているので、どれだけ迷っても諦めたら終わり。やりたいと思うことを選べばいいと思いますし、競技と仕事を続けるのは大変だと考える方もいるかもしれませんが、だからこそ人間としても成長しながら、自分の好きな競技の道でも結果を求めていくことができる。悩むこともあると思いますが、迷ったら飛び込め。私はデュアルキャリアを選んでよかったと思っていますし、人としての成長につながると自分を信じています。

――最後に髙橋さんからもメッセージをお願いいたします。

髙橋 人生は一度きり。人生はすべて出会いなので、ピンと来たら一歩前に出ることが大切です。そして、働く、踊る、彼女たちが歩んでいるデュアルキャリアは彼女たち一人ひとりだけでなく、自分以外の誰かにもつながっています。以前、世界大会に参加した日の夜、「勝ちたい」と求める選手たちに「大事なのはプロセスを見せることだ」と言ったことがあります。チアダンスとは何も関係ない人も、″その生き様すべてに励まされる″。自分の踊りが明日の誰かを照らしていることを忘れないでほしいし、競技だけでなく仕事も同じです。自分の最大限の小さな努力が、誰かの明日の勇気や希望になる。その結果に世界大会での銅メダルもついてきた。そういう心を持って、デュアルキャリアを選んでほしいですし、ベアーズレイの選手たちはすでにベアーズ社の勇気と愛と情熱の体現者です。

【鬼原美優プロフィール】
Bears Ray キャプテン
株式会社ベアーズ 東京本社 コミュニケーションデザイン室 広報・秘書
小学2年生でチアダンスを始め、日本体育大学へ進学し、学業に励むと同時にクラブチームで競技としてのチアダンスを継続。2019年に株式会社ベアーズに入社。当初は家事代行スタッフとして勤務しながら、並行してチアダンスチーム・ベアーズレイで活躍。2023年フロリダ・オーランドで行われた、全米強豪チームと世界40か国からのクラブチーム代表が集結するクラブチームの世界選手権「THE CHEERLEADING AND DANCE WORLDS CHAMPIONSHIP」OPEN JAZZ部門にて第3位を獲得。その後キャプテンに就任しチームを牽引していたが、アキレス腱断裂の大ケガによりリハビリを余儀なくされる。しかし懸命なリハビリによって翌年復帰し、見事All JAPAN CHEER DANCE CHAMPIONSHIP 2024 決勝大会で日本一に輝いた。仕事面では、2019年よりコミュニケーションデザイン室に異動となり、今では、経営サポート室にて副社長のアシスタントに成長し、秘書役と広報業務に従事している。

【髙橋ゆきプロフィール】
株式会社ベアーズ 取締役副社長 CVO&CLO。
自身の香港での原体験をもとに、夫と共に「家事代行サービス産業確立」を目指し、1999年に家事代行サービスのパイオニアであり、リーディングカンパニーである、株式会社ベアーズを創業。“新しい暮らし方の提案”“新しい雇用の創造”を軸に、「日本の暮らしの新しい文化」をつくっている。
経営者として社員のウェルビーイングを第一に考え、社内3つの実業団の「総監督」も務め、各種ビジネスコンテストの審査員や、ビジネススクールのコメンテーターを務めるほか、家事研究家、日本の暮らし方研究家としても、テレビ・雑誌などで幅広く活躍中。2017年にベアーズ実業団第一号となるチアダンスチーム、Bears Ray創設に続き、吹奏楽団、総合格闘技、キックボクシング、陸上競技部の総監督を務めている。1男1女の母。

取材/田中夕子

バレーボール、フェンシングなどを中心に取材するスポーツライター。最も好きな現場は春高バレー。『Number』や『NumberWEB』で主にバレーボール記事を執筆、著書に『高校バレーは頭脳が9割(日本文化出版)』や『勇者たちの軌跡(文藝春秋)』がある。

撮影/野口岳彦

1983年大阪生まれ、千葉育ち。 大学卒業後、テーマパークのスナップカメラマン、都内の写真事務所勤務を経て、2011年からフリーランス。 2014年よりJリーグオフィシャル撮影も担当。使用機材はNikon。

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